ドイツ生活

自然な疲れと自然な休息

ドイツにやってきて以来、日本にいた頃に比べたら格段に心穏やかに過ごしているのだけど、今日、夜ごはんを食べ終わった22時後にソファに寝転んでいたら、

あれ、なんか、疲れてるなぁ。

って、ゆるゆると落ちてくる瞼と、ゆっくりと迫る眠たさに、そんな事を思いました。

だけどね、何でこんなに疲れてるのかな?って不思議だったんですよね。

仕事も詰め込んでいないし、ドイツの、特に今いるBrückは人口9000人(らしい)という小さな村で、気忙しさからは無縁の場所。

自然も豊かで、いつになくのんびり、ゆったりとしたここ数日なのに、何でこんなに疲れてるのかなぁって。

今日は久々に、THE・日本食!といえる夜ごはんも食べたし、そんなめちゃくちゃ疲れる要素って見当たらないんですよ。

でも、もしかしたらこれが「正常な姿」なのかもしれません。

のんびりとはいえ、1日という時間の流れの中で過ごしていれば、体も心も「その分の自然な疲れ」は必ず感じているはず。

だけどこれまでは、その自然な疲れを自然に感じる以前に、アドレナリンを大量分泌して集中的に作業をしていたり、寝る直前まで仕事のメッセのやり取りをして気持ちや脳を活き活きとさせていたり、パソコンやスマホをフル稼働させていたりと、自然な疲れを弾き飛ばして先延ばしにする活動を多くしていました。

仮に疲れを感じられていたとしても、不安や心配ごとから「寝ちゃっていいの?大丈夫?」とか、「寝て起きたら明日になっちゃう」なんてことを思って、眠れなくなってしまったりもしていました。

そんな風に、普通に過ごしていたら自然と1日の終わりに眠たくなって、脳も反発することなくそのまま眠っていけるものが、忙しさの中で不自然に歪められてしまっていた。

だからきっと、今の私の状態が本来の自然な姿で、疲れを疲れと感じることができていて、その眠気に抗えずにそのまま眠ってしまえるということこそが、とても自然で良いことなのだと思います。(実際、この記事を書き始めたのは昨日の夜だけど、完成させたのは眠って起きた翌日の朝8時だったりします)

自然な疲れを、自然に疲れと感じられること。

抗うことなく、休めること。

それが難しい現代だからこそ、そう出来ることはきっととても尊いことなのだと思うし、だからこそ今は、この自然の体内リズムで生活できる毎日を、大事にしたいと思います。

 

Manami