ドイツ生活

ドイツはベルリンでのフリーランスビザ面接で、ものの見事に落とされた話

読み返してみれば1ヶ月ぶりという、大分お久し振りなブログとなりましたが、私は相変わらず元気です。

数日前はもうこの世の終わりとまではいかないけどこの世を呪うぐらいには落ちに落ち込んでいましたが(理由は後述)、どうしたって闇落ちしようがない性質なので、なんだかんだと今日も元気に生きています。

この1ヶ月の出来事

まずはこの怒涛の1ヶ月を一気に振り返ってみる、と。

  • 6月の頭にはドイツ語A1試験があり、91点という高得点(私素晴らしい・・!)で見事クリアしたかと思ったら、
  • その直後にはビザ申請のためのコンサルさんとの対面があり、そこでビザ申請のハードルの高さをこれでもか!と突きつけられ、メンタルをガッツリと抉られその日の午後を泣き暮らし、
  • そうこうする間に中旬からは日本へ一時帰国し、東京のマンションは既に引払い済みで家なき子な私は友人知人の家を2日置きに転々とする鬼スケジュールで心身共にクタクタとなり(でも友達と会えたり遊んだりは楽しかったよ!)
  • その間にもビザ申請に必要な各種書類を方々にお願いしてかき集め、国際結婚して娘もいるのに何故かまた大学生やってるオーストラリア在住の実姉(TOEIC940点とか持ってる私的化け物)まで召喚して翻訳を手伝ってもらい(もちろん仕事として依頼した)、完璧すぎるほどに完璧に書類を準備して、
  • 週刊SPA!に載せていただいたフリーランス秘書の取材記事のコピー&翻訳まで実績の1つとして用意して、ビザ面接にいざ!臨んだものの・・・

 

まぁ、見事に落とされましたよね。


(日本に一時帰国した時にメロメロになった友達の家のお猫様・・かわいい)

 

ビザ面接の当日、入室してわずか10分〜15分の間に、こちらをチラリとも見ずニコリともしない面接官に門前払いに近い形でNOを突きつけられました。

それはもう冷徹に、取りつく島も全くなく・・!(あくまで主観ですが間違ってないと思います)

面接が終わった後はダメだったという事実に号泣し、それから1日半、どれだけ泣いても泣き足りないほどには泣き通して、最早同居人の皆々様も「私に対して何をどうしていいか分からない」状態で、だけど私もそんな皆々様に対して何もできるはずがないメンタルだったので、「触らぬまなに祟りなし」というか「完全に腫れ物扱い」をされる1日半を過ごしました。(・・・いやはや申し訳ない)

そこからのメンタル回復劇は自分でも賞賛ものなのですが、それについては翌々日に生配信した友人(と言ってもいいよね?の)F太氏とのひらめきラジオで語っているので聴いてもらうとして、もうここからは勢いに任せて書いた昨日のFacebookの投稿が全てを物語っていると個人的には思うので、そこからまるっと転載してきた文章をぜひお読みください。(全てをそこへ置いてきた・・・つもりだけど書き足りない思いはいっぱいあるよ!)

 

昨日の朝、勢いに任せて投稿したFacebook投稿

【ビザ駄目だった〜〜からの!】
※勢いに任せた長文なので読み飛ばし推奨

先日受けてきた
ドイツのビザ面接ですが、
結論から言うと
「ビザ出してもらえなかった!」です。

推薦状やら翻訳やらで
ご協力頂いた方も多くいたのに
真面目に申し訳ないです…。

ビザ発行NGの理由としては

=====
秘書、アシスタントという肩書きは
ドイツではフリーランス登録できない
(でもこれは本当か?と疑問が残るところ)

そもそもあなた、
その仕事するのに専門の勉強してないでしょ?
(ドイツでは何かの職に就くには
必ず専門の勉強をするのが普通らしい)
(仮にブロガーだとしたら
大学の国文科出てる必要があるとかないとか)
=====

との事でした。

「ドイツ企業との
フルタイム雇用契約が結べたら
(つまり正社員になれたら)またいらっしゃい」

と門前払いされたのですが、
ドイツでの正社員に
全くもって興味が湧かないので
その線は光の速さで却下しました。
私の中で。

ていうか、
遡れば家庭の事情

(というか、
浪人して希望大学に行くのが
珍しくないうちの高校なのに
「大学は家から通える距離の
国公立のみ、浪人はさせてあげれない」
と何度も告げてきた母親の呪い)

によって
予備校に通うことも
大学受験することも
最初から諦めてた勢としては、

(しかもそれから10年経って
「あの時はパートしてたから
あなたが望めばなんとかなったのに」
的なこと言われて
かなりイラッ☆としたこともある)

(今更それで母親を責めたりはしないけど、
子供は親の言動に敏感だし
お金ないんだなって思えば
それで自分の可能性を
無意識の内にどんどん閉ざすから
マジで特に「お金ない発言」は
世の親御様がたは気をつけてほしい。
私も気をつけよう…)

あの当時世間知らずバンザイで
目の前の現実をどうにも出来なかった
18歳の私が槍玉に挙げられ
責められている気持ちになり、
面接官に向き合ってる時間も
その後の時間もまぁかなりしんどかったです。

っていうか、
学歴資格がないってだけで
この5年間やってきたこと、
積み上げてきたことを
何も評価してもらえなくて
マジドイツクソだなって
初めてドイツを嫌いになりました。笑

お陰で一昨日昨日は
31歳の私の悔しさと
18歳の私の悲しさと
26歳〜31歳を
自分なりに懸命に生きてたからこその
やり切れなさが同時に襲ってきて、

まぁ大変でしたよね。

どれだけ泣いても
泣き止むことを知らないので、
途中から何で泣いてるかも
よく分からなくなりました。

そんな中でも
仕事というものがあり
感情の揺れ動きに関係なく
淡々と向かえるものがあるのは、
本当にありがたいことだなと思いました。

私は仕事に生かされているし、
求めてくれる人たちがいることで、
能力を評価してくれる人たちがいることで
いついかなる時も
生かされてきたなぁと思います。
(つまり今もっと仕事欲しいです
ギブミーギブミー!!)

=====

と、ここまで書いて
これここまで長いなら
ブログで書いたら良かったんじゃ?
と思わなくもないですが、
もうここまで書いちゃったので
最後までFBに書き切ります。

そういうわけで
ドイツのビザが下りなかったので、
こうなると私が
シェンゲン協定に違反しないで
ドイツに滞在できるのが、
7月20日頃までなんですね。

それまでに次の手を
考えなきゃいけないんですけど、
ドイツにこのまま残ることを希望するなら
語学学校に通って
語学学生ビザを取るのが
今のところ有力なようです。

もしくは弁護士さんを雇って
フリーランス秘書で通せないのはおかしいと
異議申し立て的なのをするか。

この辺りはコンサルさんと
相談しながら決めてくことになりそうですが、
冷静な頭になって思うのが

「日本で通用したものが
ドイツでは全く通用しないだろうから、
その時自分の中から何が出てくるか楽しみ」

と、ドイツ渡航前に
近しい人たちに漏らしていて
自分も期待していたことが
見事に現実になったなぁと、
つくづく人生は面白いなということでした。
(いや一発でビザ欲しかったけど)

=====

*果たしてドイツで学生になるのか?
*どこかしら別の国に移るのか?
(とりあえず姉のいる
オーストラリアには行きたい)
*大人しく日本に帰るのか??

まだこの先のことは完全に未定ですが、
とりあえず後のことは
やれることやりきってから
考えようと思います。

=====

そんなわけで、
これを書けている時点で
ある程度気持ちの整理はついているので
今はもう大丈夫です。

もし7月で帰国することになったら、
ぜひともご飯に誘って
美味しい日本食をたっぷり
食べさせてやって下さい。おしまい。

↓昨日連れてってもらった韓国焼肉。
ドイツでも焼肉食べれるのだよ!

 

これからの予定

そんなわけで、そもそもこのままドイツにいられるのかが一気に怪しくなってしまったので、せっかくの平成最後の夏だというのに、全くもってこの夏の予定が立てられません。

ただ、このまま日本に帰されるのはめちゃくちゃ癪で、日本に帰るのは別にいいけど帰る日は自分の意思で決めたいと思ったので、ここからワンチャン、語学学生ビザを取れないか粘ってみることにします。(と、コンサルさんにも伝えました。そしてまた慌ただしく準備を進めていて、一体いつになったら落ち着くの・・!と思うものの、多分私の生涯落ち着く日なんて来ないのだろうと思います)(そしてビザ取得に関して、最早これは意地なのである)

Xデー(つまりドイツ出国しなければいけない日)は7月25日。

10年以上ぶりに学生になるのか?それともビザ取得ならずでドイツ退去待ったなしとなるのか?そしたら何処に行くのか?今の時点では全てが未定なのでハッキリしたことは何も伝えられません。

近況はまた追って報告します。

とりあえず、粘り勝ちでビザをもぎ取れることを、願ってもらえると嬉しいです!

 

Manami