思ったこと・感じたこと

相手の話を聞く時に共感や同調が必要ないと思う理由

話を聞くのが上手い人ってどんな人だろう?

世の中的には色んな意見があるのでしょうが、私的に話を聞くのがうまい人とは

『何を話しても動じずにただ聞いてくれて、そこに共感も同調もなくかといって上の空とかそういうのもなくちゃんと聞いてくれて、ジャッジや解釈なしに「そうなんだ」「そりゃそうでしょう」「それならこうじゃない?」「それはおかしくない?」とフラットにやりとりしてくれる人』

という基準があります。(我ながら長い上に面倒くさい)

もちろん人間なので多少の共感や同調、ジャッジや解釈は入るものだけど、それでも基本姿勢が上記のようにされている人は、話を聞くのがうまいなぁ・・というか、最早プロだなと思います。(2年前に軽く病んだときに友達の紹介で行ったカウンセリングの先生がまさにそんな感じで「プロとはこういう人をいうんだ・・!」と、その瞬間、自分の調子の悪さそっちのけで感動したことがあります。結果、3回ぐらい通ってひたすら好き勝手に話をしてそれを全部聞いてもらったら、自動回復しました)

「話を聞く」ことに共感や同調はいらない

コミュニケーションの本にはよく「人の話を聞くときには共感や同調が大事」ということが書いてあるし、実際の人間関係やコミュニケーションにおいて確かに大事だなと思うこともあるのですが、個人的な意見としては共感や同調は「あってもいい」ものであって「必ずしも必要なものではない」と思っています。

(っていうか、今ここまで書いて「話を聞くこととコミュニケーションを取ることって別物じゃない?」と思ったので、共感や同調は「話を聞く」上ではやっぱり別にいらないよなって思いました)

そもそも、共感や同調は意図的にするものではなく、自然としてしまうものであって、それなのになぜ共感や同調をするのかといったら、

  • 相手に話しやすくしてもらうため
  • 相手の気持ちをよくするため
  • 相手に安心してもらうため

といったような「相手へのアプローチ」なわけです。

なので、相手によっては別にそんなアプローチなんてする必要はなくて、むしろ共感や同調をすることによって「私が私の話をしているのに、この人は自分の気持ちや感情を持ち出して、私の話を私の話として聞いてくれていない」と残念な気持ちを抱かせることもあります。(そんな風に思う人は滅多にいないのかもしれませんが、私がまさにそうやって残念に思っちゃう人です)

これは、人の話を遮って自分の話をし出すとか、その人が自分の話しかしないとか、そういう表面的に分かりやすいものの話ではなくて、もっと深い内側の話。

話を聞く上での「姿勢」の話でもあるし、話を聞くということへの「向き合い方」の話です。

 

共感や同調が必要なのは、相手が未熟だから

これは怒られるのを覚悟で書きますが、そもそも共感や同調って、未熟な相手に対して必要なことだと思っています。

・・って書くとなんだかディスっているように見えてしまうのだけど(そして未熟という言葉が適切かどうかっていうとちょっと違うのかもしれないけど)、相手に対して共感や同調を求める時って、多くが「自分が本来の自分と比較してちょっと調子を崩している時」だったりします。

  • 相手に対して甘えたい時だったり
  • 「私は大丈夫」って思いたい時だったり
  • 自分の正当性や優位性を感じたい時だったり
  • 共犯的な人や仲間を増やしたい時だったり

そんな風に、良くも悪くもフラットじゃなくて「誰かの共感や同調がないと自分が自分じゃいられない」みたいな時。

それ自体は別に悪いわけじゃないし、人間なんだから調子が悪い時があるのも当然なのだけど、でもだからって、人の話を聞く時には共感や同調を交えるのがポイントみたいな、「それが人の話を聞く上でのスタンダードです」みたいになっているのはどうなのかなぁって思います。

そういう「共感や同調が必要な私」を助長させるのではないか?と。

 

共感や同調をするのは「相手を未熟だと思っているから」

そもそも、さっきも書きましたが、共感や同調というのは、するのではなく自然としてしまうもの。

そして、何かに共感や同調をするということは、その物事について何らかのジャッジや解釈が自分の中でされているということなので、それを相手に対して向けるのは「自分の価値観を元に相手の話を聞く」ことでもあるなと思っています。

だからこそ、人の話を聞く時には、共感や同調を「意図的にしないようにする」ことの方が大事で。

だってそうしないと、相手の話がいつの間にか自分の中で自分の話になってしまって、相手の話をそのまま聞くことが出来なくなってしまうし、相手に対してフラットに話すことも出来なくなるので、それって相手にとってとても失礼だよなぁと思うのです。(そんなのどうでもいいから共感してよ〜!という人が大多数だというのは理解しつつも、私はそう思う)

 

もちろん私だって、時と場合と相手の状態や状況、関係性によっては、相手との話の中で共感や同調を目一杯に行うこともあるけど、でもそれが本当に必要な機会ってめちゃくちゃ稀で、多くは「その人自身の問題」で共感や同調が必要とされています。

だから、そこに応えるのは何かが違うんじゃないかなぁと思うし、そこに共感や同調を使うのは私はしたくないなと思っています。

なので、私も仲の良い友達とのフランクな会話では「わかる〜〜!」とか簡単に言うし、共感も同調も普通にするけれど、いざ「話を聞く」時には共感や同調をすることは殆どありません。(聞くプロではないから徹底は出来ていないだろうけど、それでも結構していないつもり)

でもそれは、自分と相手は別の人間で、本当の意味で相手の気持ちなんて分かるわけがないからで、共感や同調は相手に対して失礼だと思っているからで、そもそも共感や同調がなければ話が出来ない人だと、相手を思っていないからです。

 

私は昔、自分のことを「共感ができない人間だ」と思っていて、周りからも「共感するの苦手だよね」って言われていましたが、共感力だけの話をすればストレングス・ファインダーで第3位に来るぐらいには共感力は高いし、相手の気持ちでものを見ることも、相手の立場で物事を理解することもなんなら結構に精度高く得意な方だと思います。

だからこそ、人の話を聞く時にはいつもフラットでありたいし、その上で自然と共感や同調が起こるならそれはそれで「自分の気持ちとして大事にする」けど、少なくとも今目の前のその人がしている話とは別に置いて、混合させないように注意したいと思っています。

 

そんなわけで、今日は共感も同調もしない、私的に「話を聞くプロ」と楽しく話が出来てめちゃくちゃ楽しかったです。

自分が話をする時に「相手の話」を持ち込まれると私は途端に萎えてしまいがちなのですが、キャリアコンサルタントの柴田朋子さんは個人的な感情を挟み込まずに「ただ聞く、そして答える」ことをしてくれるので、安心して自分の話を展開させることが出来て、本当に色んなことが話せました。(>>話した内容はこちらから

共感や同調、大事だとは思うんだけどね。

それが大事!と声高にされていたり、共感や同調ができる人が凄い!ステキ!優しい!好き!みたいになりやすく、支持を集めやすいことには、疑問を感じざるを得ない私なのでした。

https://twitter.com/manalog29/status/998500623967510528